このページの先頭です

社長ブログ

11月18日 設立記念日 ~人物編①~

2019年11月8日

カテゴリー: 海外駐在員のざれごと

皆さま、こんにちは! 団長です。

 

前回のブログでは「九州八重洲」の社名の由来をお伝えしましたが、今回より人物のご紹介をいたします。

 

九州八重洲の創業者でもあり、初代 社長の「梶 勲(かじ いさお)」氏です。

 

私が平成7年に新卒で九州八重洲興業に入社させていただいた当時、既に会長職に就かれていたため、ご一緒に仕事をさせていただくことはありませんでした。当時、雲の上の存在でした。

年に数回、東京のご自宅から会社に来られておりましたが、凛とした背筋と笑顔がとっても優しい方というイメージしかありませんでした。私の中では、漫画「課長 島耕作」に登場する初芝電産の初代社長 吉原初太郎さんとタブって見えてました。

 

入社して2年目に声をかけていただいたのを覚えております。

「安田専務の元、頑張っていると聞いてます。期待してますよ。」

当時、私の直上の上司が安田専務取締役(現相談役)でした。雲の上の方から直々にお声掛けしていただいたので、とても嬉しく、頑張ろうという気持ちになったのを覚えています。

 

 

 

 

 

先日、過去の資料を整理していましたら、梶社長の言葉が出て参りました ↓

昭和49年の資料です。

現在のように誰でもマイホームを持てる時代とは違い、「夢のマイホーム」「国策」として良質な住宅を必要としていた時代だったようです。

その当時より、住環境を考慮した立地の選定、都心至近という利便性の優れた立地、よりよい家をお求めやすくなど、現在の九州八重洲が受け継いだ不変の「想い」、原点がここにあります。

 

 

 

 

 

そして、こちらの資料には、1958年(昭和33年)に建設された東京タワーを背景に「これからの住宅」と題して語られています。

 

ちょっと横道にそれますが、九州八重洲には、街づくり課という部署があります。以前私がアップしたブログの抜粋を ↓

『唐突ですが、日本の街並みや景観は、残念なくらい乱雑と思っています。いくつか原因があると思うのですが、「個の権利」を優先するばかり、小さく言えば「向こう三軒両隣」、大きく言えば「街並み」がバラバラです。
建物の高さ、形、色など個人若しくは設計士や建築業者任せのため、街並みが無秩序みすぼらしい
と思ってます。
屋外広告物、電柱、交通標識なども美観を阻害しています。
なぜ、きれいな街並み、ホッとする街並みにならないのか?
それは、規制がない、あっても緩いからです。
法的規則として、建築基準法(昭和25年)と都市計画法(昭和43年)がありますが、最低限のルールであり、見た目(景観)は建築側任せです。
日本でも、ようやく平成16年に「景観法」が制定され、関係法律及び緑地保全法などの一部も改正され、景観緑三法と呼ばれています。ただ、あくまでも景観地区に指定された場所に限り建築規制がなされます。まだ全国でも30数ヶ所しかありません。ヨーロッパの建築士から見れば、日本の街並みは「残念だ」との声や「
建築自由国」と揶揄されます。

自由なことは、責任をもつという両輪の関係のはずなんですが…』

 

 

私の想いを書きました。と同時に街づくり課を作りました。

家(戸建)は、自由な形やデザインであっても、庭(外構)の統一性を実現させるための部署です。

九州八重洲の家と庭ができあがったら、周りの街並みに溶け込みつつ、経年美化を実現し、近隣の方から「良いお家ができましたね。こんな家に住みたい。」と言っていただける「家と庭」を目指しています。

結婚式や住宅関連でスピーチをする際によく話すのが、「家+庭=家庭」。

家と庭は、切っても切り離せない存在であること。

 

 

改めて、梶社長の想いを見てみると「家と庭がなければ、我が家と呼べないでしょう」と。

我々は、しっかりと創業当時の想いを、そして今の時代と未来を見据え「住まいづくり」を行っていくことが使命です。

 

つづく。。。