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社長ブログ

11月18日 設立記念日 ~人物編②~

2019年11月11日

カテゴリー: 海外駐在員のざれごと

皆さま、こんにちは! 団長です。

 

2話続けて九州八重洲の設立記念日に関することを書いてきましたが、今回は第3弾となります。

 

 

いきなりですが、写真をどうぞ  ↓

 

本日の主人公は、右端の方です!  安田相談役です!

1988年(昭和63年)の写真ですが、恐らく社員旅行のひとコマではないでしょうか。

右端から、当時の役職で、安田専務、大隈課長(経理)、梶社長、奥様トヨ様。いちばん左の方はご一緒に仕事をしたことがないのでお名前がわかりません、すみません。

 

 

さて、安田相談役の人物紹介をしようと思うのですが、話したいことがたくさんあり 何から話せばいいのか。。。

無理やり ひと言で表すと、私の「師匠であり、父」です。

そして、決して自分は表に出ず、主君(社長)を支える「軍師(№2)」に徹する方です。

 

時計の針を私の入社当時に戻します。

新卒で九州八重洲興業に1995年(平成7年)入社させていただき、3ヶ月間の研修を経て、その当時の用地課(翌年 事業部、現 不動産ソリューション事業部)に配属されました。

上司は、そうです、安田専務取締役。 と言っても二人だけの部署でしたが。

52歳と22歳。 30歳差の上司と部下、経営者と一従業員。

今思えば、上司だった安田さんの方が大変だっただろうなと。私が今年入社した吉田社員を直属の部下として、二人だけの部署で働くようなものですから(笑) 

 

 

 

岡〇課長の披露宴にて ↓ 2001年(平成13年) シーホークホテル(現ヒルトンホテル) 59歳と29歳当時(笑)

 

仕事はもちろん、ネクタイの結び方、靴の磨き方、スーツとシャツ、ネクタイの色と柄の組合せ、酒の飲み方、自分より弱い立場にいる人との接し方、休日の過ごし方など、男の作法や生き方を教わりました。女性に関することは教えることがないと合格点をいただきましたので教わっていません(笑)

私の両親が全くの下戸のため、父親と酒を酌み交わしながら話すという機会がなかったため、安田さんと仕事終わりに、蕎麦屋でざるそばを食べ、焼酎のそば湯割りで仕事のこと、人生観、哲学などを話していただくことがとても嬉しく、いつも聞き入っておりました。彼女とのデートが先約であっても安田さんとの時間を優先してたくらいです。

私に仕事の楽しさ、楽しみながら仕事ができるようになったのも、趣味は仕事と言えるようにしてくれたのも、全て安田さんのおかげです。

 

 

 

私が28歳の時、もっと自分の力を試してみたいと転職したいと言い出した時も、最初は反対されてましたが、頑張って来いと背中を押していただき、機会があればまた仕事を一緒にしようと言ってくれたのも安田さんでした。その後も年に一、二度のペースでお会いさせていただき、どちらとも会社のことはほとんど話をせず、一緒の時間を親子のようにただ楽しく過ごさせていただいたことを覚えております。

 

九州八重洲が2008年(平成20年)に西部ガスグループ入りする際、旧経営陣、メイン銀行、仲介銀行、西部ガスを一つにまとめ上げることができたのも安田さんだったから実現できたのではないかと思っています。

その際、安田さん自身が身を引く代わりに、私を九州八重洲の経営陣の中に入れるよう要望されたことも再入社した平成20年4月1日以降に他の方よりお聞きしました。

滅茶苦茶かっこ良くないですか?! 安田イズム!

 

梶社長の「想い・バトン」を安田専務が受け継ぎ、私たちにバトンを託されました。

次は私たちが次の世代に想い・バトンを託す番です。

我こそはと思う者、立候補を!

 

 

 

 

 

2012年(平成24年)南欧の丘 起工式。安田相談役の最初の弟子と最後の弟子 ↑

 

 

7年前の不動産ソリューション事業部。

安田、中島、久間、宮野、畑中、田代。。。今じゃ次長の田代さんがパシリさせられてました(笑)

※もっと久間さんを大事にしてよ。 私と同期入社なんだから。

 

 

♪よかろうもん♪

 

つづく。